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彷徨う淫らなルナティクス(全2巻)

彷徨う淫らなルナティクス(全2巻)
samayou.gif(2009)

ストーリー・とある国に王子と姫がいた。兄王子はアロイス。妹姫はエーファ。類い希に美しいこの兄妹は、互いに深い愛情を抱いていたのだが・・・・


 ・2009年にPIXYレーベルから発売された作品で、原作としてPCゲームがあるそうです。
 このアニメ版は販売形態がちょっと変わっていて、2009年の一月にまず上巻が発売され、同じ年の年末に上巻の内容を同梱した下巻(60分)が発売されるという経緯となりました。
 つまり下巻だけ購入すれば全編の内容が分かるわけで、どうしてそういう販売形態をとったのかは分かりませんが、上巻を購入したユーザーから反発が出なかったものか、ちょっと心配になります。
 それはさておき、作品内容はよくまとまっており、60分という尺の短さもあって、全編をダレることなく見せきってくれます。
 同レーベルの「リリア」とか「レイ風」とかがダラダラと冗長なのに比べて引き締まった印象であり、やはり尺は長ければ良いというのではなく、ある程度の制約があった方が作品に緊張感が生まれるのではと思わされました。
 エロとしては、カワイイ妹姫がイケメンの兄王子にラブラブで、もうガマンできないから兄様にシビレ薬とか媚薬とか飲ませて無理やりエッチしてしまいましょうという、やたら妹のが攻撃的な「媚・妹・Baby」が描かれます。
 兄王子もすぐにノリノリになってハメまくったり、後半からは裏で糸を引いていた義母皇后も参戦してみんなで悶えまくったりという、とにかく濡れ場だけでグイグイ押してくるシンプルな構成は良いと思いました。
 寝室(ベッド)の中だけでオハナシが進むいうのも好印象で、あれこれ舞台を移して濡れ場以外のシーンを描くより、とにかく一場で見せきるんだという思い切りが、作品に上手く緊張感を与えています。
 「抜ける度」は2。
 地味だし、実用性が高い作品とは言えないかもしれませんが、小粋な良編であると評価したいです。
 作画はちょっと80年代風(キャラの頬にたくさんナナメ線が入る)ですが、崩れもなくてイイ感じです。(彩雲11型)
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サマーウインド

サマーウインド
sama-w.gif(1987)

ストーリー・青年「陽(よう)」は、去年無くなった恋人を想い、海に来ていた。そこで不思議な少女「美奈」と出会う。やがて肌を重ねあう程に急速に二人の仲は近づいて行く。この海を去る日の前夜、美奈と離れたくない陽は、一緒に来て欲しいと頼むが断られてしまう。彼女には、一緒に行けない重大な秘密があった。


・新くりいむレモン第六回作品。「サマーウインド 〜少女たちが運んだ夏〜」と、記されることが多いのだが、タイトル画面や当事のVTケースにはサブタイトルはないので「サマーウインド」とだけ記するものと。発売当時は見ておらず、その2〜3年後に一度借りて見たっきりと記憶している。それすらもやや曖昧、それほど当時は印象の薄い作品だった。前作の「ゆめいろBunny」についで男主人公なので、それが最優先で敬遠した理由かもしれないが、やはり絵柄だろうな。あれは…ダメだ。くりいむレモンとかぢゃなくって、エロアニメらしくないデザインぢゃ…いやいや、一般アニメだとしても、どうかね?それなのに、なぜか発売されていた小説版だけは持っていて、何度か繰り返し読んでたのさ。なぜだろう?せっかくの本命たるアニメも、この本の記憶をなぞって見てただけなので初見時は、なんか演出面で物足りなさを感じた…不思議なもんだね、本来はアニメ…それだけを見たいのだが当時の個人的な都合から、小説版のほうが身近で手軽だったんだ。レンタル代よりも若干高い…いやいや、店によってはまだレンタル代の方が少し高い、それを買って読むほうが。そしてそちらに書いてあることが、アニメの25分作品の中で全て表現してくれていて、さらに輪をかけ良いものだと思ってたのが、いろいろと感じた物足りなさの原因だ。まぁ時間を10分位足して、その小説版にある表現可能な全ても描けば、とってもいい感じな作品になると思うが、そのとき、肝心のエロシーンがくすんでしまうのだろうか、それとも際立つのか。

 フィルムコミックスも持ってたんだ。何故にこの作品のそれを求めていたのかは今では。しかし、この「新くりいむレモン」シリーズのフィルムコミックスは、脚本が載っているため、それと資料を求めていたのかもしれないな。

 ビデオCD版を買って見たのは97年頃だな、オレの計算が合っていれば。まぁ、そちらでもなんとなくだが見てたんだ。買ったからにはどれも一度は見てたんで。んで、後半のえっちシーン…何故か妙にオレ好みの良い感じになってきて「うゎぁ、なんかきれい…」って、つい、おどろいたと言うか、感動したというか…そりゃ、そのとき見たテレビはそれなりに大きかった…から、その大きさによる迫力のためか?けどなんで、その時になって?何故に初めに気付かなかった?ホワイトシャドウのときみたく一発で印象付かなかった?小説版のファーストイメージ、大きすぎたのかな?それを忘れたから気付けたのか?今となってはなんともね。でもモザイクのぶ厚いビデオCD版でも、良さに気づけたんだな。良いもんは、良いもんだよ。

 ならばDVDは?ある事情から買わなかった。買う前から文字通り判りきってたこと、当時は価値を見出せなかった。無論、今でもってことになるだろうが、あれば…値段次第で買うかな?


・今見れば、イメージイラスト群も、なんか良い感じだね。そのまま一般のOVAの物として使える感じのするのがたくさん。それら、当時は良さが判らん頃には、どう思っていたか。やっぱゆるめな感じかな。好きになった今でもやっぱし弱い。絵柄、やっぱまずい。


・今さら気づいたことなんだが、陽の部屋のカレンダー、それが初めに映ったカットでは、「8月」と書かれていたが、アップになったカットでは、6月だった。ミスだよね…だからさぁ、発売から20年以上経ってから、ナニを言っとるんだね?オレは。当時、何人の人が気づいていたのか、気になるな。


・ウリのキャッチコピーが「刺激的City派ラブ・ストーリー」なんだけど、City派ってナニ?わかんないんッスけど。とある砂浜、その側にあるモーテルの二ヶ所が舞台なのに…あっ、そうそう、モーテルって、モーターホテルの略で、自動車やバイクでの旅行者向けにガレージを設置してるホテルをそう呼ぶんだってね、初めて知ったよ。気にしなきゃ永遠に判らなかったね。…本題にもどるとして、そうそう、Cityもへったくれも無いでしょ。んで、結局は「City派」って、何を示してる訳?絵柄?感性?まぁ、当時から流行には疎いんで、そこいらは判らんわけだけど、なんとなくだが、「わたせ せいぞう」の「ハートカクテル」での線や色使いに似てなくもないし、たまたま残ってたあの頃のカセットテープのラベルに使われてたようなそれにも似てなくも無い。結局…「City派」って…何?


・気になった点を挙げれば、陽のエロテクだろうな。前半でも後半でも、ここを触るときはこのように、あちらはこのように…と、今回の資料本として使った紹介本に書いてあるように、確かにどっかに書かれてたベッドイン入門とかみたいな愛撫の仕方の方法を意図的に使ってるって見えたのがいくらか目立ったね。まぁ、前半ではそれが特に目立ってやり手のプレイボーイ的な表現に。後半でもそれっぽさのあるカットがあったが、あれはストーリーの流れを考慮すると「感じさせてあげる」よりも「君と居たい、離れたくない」を、えっちで表現するべきぢゃなかったかな?美奈と離れたくない、夢中になってしまっている、それを表現仕切れていれば、エンディングにつながる上で、どれほどの名シーン…まぁ、このままでも一応は十分にいい感じなんだけど…に、なりきれたかと思うと残念でならん。


・前半のえっちでは、明るい部屋の中だった所為か、デザインによる色合いやら、余計な室内の装飾だのがあってか、肌の色があまり映えてるようにはない。後半では幾分、肌が月夜に浮かぶ表現になってたためか、映える感じがした。その「印象付け」も、良い雰囲気を感じるのに、絡んだものと思われる。月夜に二人きりとか、夏の夜に静かな砂浜とか…実はエロを盛り上げる鉄則だったりして。


・そーいやラストシーンでラジオから流れてると思われる「梅雨明けが発表されました。」は、どういう意味だったのだろう?単にそういうニュースが流れてただけなのか、それとも梅雨明けにかけてなんか意味があったのだろうか?陽の心境とかを、ニュースの形で入れたのなら、それはそれで良い。でも、単にニュースを入れてたとすればヘンだな、陽が訪れていたのは確か九州地方のはず。だったら、何でわざわざ関東周囲が梅雨明けに…ってのを、それに選んだのか?そう言や陽は美奈に「どこから来たの?」と聞かれたとき、「東の都」と言ってたので、まぁ、普通は東京当たりになるよね。たぶんそれだと思うが、まさか大阪や兵庫…そこよりも東と言うなら、広島でも、遠く離れて北海道でも、良い訳だけど。んで、どーゆー意味だったんだろ?


・結局、オレにとっての物足りなさの原因は、半端な陽側の話だけで、美奈側の話が無かったためか。小説版だと、両方の話が…そして、美奈側の話としてだけなら、さらに違ったものになっていただろうにな。陽のセリフの中で、内容的に小説版の美奈側の話の内訳まで解って言ってるような言い回しもあったためか、「そこの言い回しは、アニメに無かったのに?」と、後々疑問を感じる部分もあった。どちらかに確実に絞ったつくりにすれば、それできれいにまとまったのかもしれないな。美奈側の話だけで作っていれば、絵柄はともかく当時、何とかして見ただろう。陽側の話だけとしても、前カノとのえっちでも…そうなんだけど、サブタイトルに「少女たちが運んだ夏」とするのなら、前カノの印象が薄すぎたからな、そこを推して行くべきだったんだろう。


・抜ける度は3。おまけだけど。このしっかりとした作りは良いもんだ。同じキャラでのえっちシーンが続くってのは、くりいむぢゃ珍しいんだな。今見ても、やはり後半のシーンの方がそそる。雰囲気が良いんだよ…これが。やはりヒロインの存在感がかなり大きく…ってのか?前半のは陽が一人でがんばってる感があったが、後半では二人で…感があり、それもよい感じに見えた。


・アニメとしてのお勧め度は3。絵柄の都合から、イマイチ手が出にくくなるのは仕方のないのでは?よって、いくらかやる気を振るい立たさないと、手が伸びない…?

 入手に関して言えば、VTレンタルがあればもちろんそちらを。DVDでは「ゆめいろBunny」とのカップリングの単品の奴を。ですがこの一本、明らかに見た目から「はずれ」になる可能性は高い。DVDの分厚いモザイクでも、その絵柄の所為か案外影響が薄く感じられるので「先ずはVTを見てから…」とまでムリに切り込む必要は無いと。VTやらLDは、もしこの作品が気に入ったときに、改めて購入などを、考えても遅くはないでしょう。(輝川流一)

ザ・サディス・ファクション

ザ・サディス・ファクション
(1984)

ストーリー・清純な女子高生麗子は、淫夢を見たことをきっかけに、果てしのない陵辱の悪夢へと巻き込まれてゆく。


 ・オレンジビデオハウスというメーカーから発売されていた黎明期のエロアニメで、もちろん現在絶版である。
 このメーカーは「ドリームハンター麗夢」などのアニメや、「ギニービッグ」などのスプラッタエロスで注目を集めたが、「スーパーアダルトアニメ」なるシリーズ名で劇画原作のエロアニメも何本か出していて、本作はその2作目だ。ちなみに会社はその後倒産したらしい。
 原作はあがた有為なのだが、氏の絵柄よりも微妙にアニメ絵に振られた作画がなかなか可愛くて良い。と言ってもエロとしては結構ハードで、麗子ちゃんはオマンコ一輪挿しはされるわ浣腸はされちゃうわでヨダレをこぼしながら悶えまくる。
 「やめて下さい」とか「お願い許してください」なんつーレトロな拒み方もそそりますな。
 全体にチープで大時代的なんだが、とにかく真面目にエロアニメを作ろうと努力している感じには好感が持てる。レンタルビデオなどでもし見かけたら一見してみるのも良いだろう。「抜ける度」は3。 (イボイボ)

THEガッツ!(全2巻)

THEガッツ!(全2巻)
gats.gif(2005)

ストーリー・中島秋吉はひ弱そうな青年。女の子に告白しても、「頼りないから」とフラれてしまう。一念発起して工事現場でバイトをし、体を鍛えようとするが、そこには一癖も二癖もある女性陣が待ちかまえていて・・・・


 ・2005年に「アニメアンテナ委員会」から発売された作品で、原作はPCゲームだそうです。
 発売されたのは2巻分で、それで完結なのかはちと判じかねますが、その後続巻がないことからして、恐らくこれで終わりなのだと思います。
 さて、本作は異色作だとネット等で聞かされていましたが、実際見てみるとなるほど変わっています。
 と言っても、支離滅裂な内容というワケではなくて、文芸や世界観はシッカリしている。ただ、扱うエロの嗜好がチト風変わりなのです。
 それを強烈に象徴しているのがヒロイン(なんだろうなあ)であり、おタカさんというこの女性、全身筋骨隆々のマッシブデカ女。そんなエロヒロインいねーよとツッコミたくなってしまいます。
 彼女以外にも女性はたくさん出ますが、皆おしなべて我が強く、向こうから強引に性交を求めてきたりします。
 つまり本作は、強い女からセックスで支配されたいというM男クンあたりがターゲットであると思われ、その意味でテーマがハッキリしているのは良いと思います。
 また「強い女」と一口に言っても、その中で筋肉女あり、タカビーお嬢様あり、ヤンキー女あり、年増の女上司ありとバリエーションに富んでいるのも好印象。
 明るく分かりやすいドラマ展開や良質な作画も、このアホらしいコメディを上手く支えています。
 オイラ的には「抜ける度」は1.5。
 しかしこの手のモノがツボな人には、かなりの良作と映るでしょう。
 マジメに、丁寧に作られた、憎めない感じの小品です。(彩雲11型)

THE UROTSUKI(全3巻)

THE UROTSUKI(全3巻)
the-uro.gif(2002)

ストーリー・この世は人間界、魔界、獣人界という三つの世界で作られている。その三界を、数千年に一度、「超神」と呼ばれる神の中の神が現れて、一つにするという。死刑執行を明日に控えた獣人界のお尋ね者、天邪鬼は、突然、獣王の御前に連行された。死刑を免れる代わりに、超神伝説の真偽を確かめるべく、数千年前に闇の彼方へと封印された魔界へ行け、というのだった。


 ・私が重い筆をとり、レビューを書く衝動にかられたのは、以下引用、「女性を乱暴するといった「凌辱系」と呼ばれる日本製のゲームソフトがイギリス議会などで問題となったことを受け、パソコンソフト業界の自主審査機関が今後、こうしたソフトの製造・販売を禁止する方針を決めたことが明らかになりました。」引用終わり、という情報を、マスコミを通して知ったからだ。よって、今回のレビューの前半は、もちろん、この問題を取り上げさせていただく。私は、「超神伝説うろつき童子 放浪篇」のレビューで2Dポルノの暗黒時代突入を予言した。今回の規制が実現されれば、この予言は、悲しくも成就することになる。自己規制だからと思って、甘く見てはいけない。エロアニメが滅びた(私はすでにそうみなしている。)理由は種々あろうが、その一つの原因は、過度の自己規制であると考えられる。エロゲ(正確には、エロゲCG)は規制がアニメより甘く、元々アニメより抜くための実用度が高い作品が圧倒的に多く、2Dポルノの最後の砦ともいうべき存在であった。
 私は2Dポルノに関してはアニメ派であったが、自己規制という鎖で雁字搦めにされたエロアニメを見限り、徐々にエロゲCG派になっていった。その最後の砦が、フェミファシストごろつきども、人権屋等(以下、敵と表記)によって脆くも崩れ去ろうとしているのだ。
 今回の騒動の顛末(結果はまだ出てないが)に関しては、私は敵に不意を突かれたと感じている。敵は2Dポルノの中の児童ポルノ表現を執拗に攻撃していた。だから、規制に手をかけてくるとすれば、まず、こちらが先だと思っていた。だが、敵は矛先を変えてきた。「凌辱物」を一切禁止するという現代版の焚書坑儒ともいうべき暴挙に出始めたのだ。この目論見が達成されれば、エロゲCGは完全な死を約束されるであろう。そもそも「凌辱物」とはいったいどういう定義なのか?この言葉のもつ意味は捉え方によってはいくらでも範囲を広げることができる。最も過激なフェミファシストたちは、男を全て強姦魔とみなしているから、「和姦物」さえ、きゃつらは「凌辱物」と判断してくるにちがいない。もっとも、「和姦物」だけしかなくなったエロゲCGなどその存在価値はないに等しい。
 ことの発端は、引用文でも書いてあるとおり、レイプレイというエロゲ(ポリゴンによる擬似3D物。よって、ここで私が述べているエロゲCGとは厳密には異なる。)が、イギリスのばりばりの観念論者の標的にされ、政治的問題に発展したところにある。今回の騒動では、レイプレイがたまたま槍玉に上がっているが、敵にとっては、どんな作品でも良かったにちがいない。レイプレイはスケープゴートにされたのである。今回、敵にスキをみせてしまった反省点の一つに、エロゲの国際展開があるように思う。私は2Dエロ物に関しては、完全な鎖国主義者である。過度の性的描写を敵対視しているのは、なにも革新的なフェミファシストどもだけではない。彼女らとは普段敵対関係にある古くからの宗教的価値観を大切にする保守的な者たちも含まれる。これらの価値観をもつ国民が圧倒的多数を形成する国家に近年、隆盛を極めていた自由貿易主義者の口車に乗せられて、エロゲを輸出することは、まさに紛争地帯に裸で足を踏み入れるが如き軽率で無謀な行為である。性的描写に関して、日本のようにリベラルな国(過去形?)は、世界中を探してもそんなにないはずである。「日本が誇るべき2Dコンテンツを国際化していくべきだ。」と主張する為政者やマスコミを始めとするグローバリズム信奉者たちは、頭がおかしいのではないかと思ってしまう。ひょっとしたら、こういう人たちは敵の回し者ではないかと勘ぐってしまう。
実際、今回の騒動で、一部の政府関係者が「このような不埒な性描写は、2Dコンテンツの国際化の大きな障壁になる。」という目を疑うような発言をしていた。
 今回の騒動の一舞台であるイギリスという国は性的描写に寛容ではなさそうである。ずいぶん前の私体験だが、私の大学時代、一人のいけ好かない英語教育担当の英国人教師がいた。ある日、彼はなんと英語の授業であるにも関わらず、児童ポルノは絶対に許せないというテーマで講義を展開し始めた。私は正直びっくりした。私は今までフェミニズム信奉者の教師(もちろん、日本人)には何人か出会ったが、ポルノ規制を声高に主張する教師には、それが社会科学専門の教師であろうと、一人も出会わなかったからである。イギリスにはこのような英国人ばかりがいるとは限らないが、性的描写規制に対する英国人の考えを垣間見たような気がする。このような国に対して、のこのことエロゲ市場開拓に勤しんでいたエロゲメーカーは、国際感覚が欠如しているとしか思えない。
 さて、すでにお分かりだとは思うが、私はエロゲCG描写非規制派である。モザイクすら外すべきだ(絶対に実現しそうにないが)と考える過激派でもある。断っておくが、こういったものは個人で、密かにこそこそと楽しむべきであり、公序良俗に反する行為は絶対に許されるべきではない。だが、この個人の楽しみを自分の観念的な主義・主張のためだけに根絶やしにしようとしているやつらを同じように絶対許しはしない。表現の自由を守るため、徹底的にレジストするべきであるが、なにせ敵は政治家をも取り込んだ巨大な利権団体であり、一般世論の操作も思いのままである。悲観主義者でもある私は、エロゲ市場は、敵の残虐な攻撃によりぺんぺん草も生えない焦土と化す未来が見える。私はいつしか「さようなら、エロアニメ」と今後発売されるエロアニメを一切見ないであろうことを誓ったが、今度は「さようなら、2Dエロ物」と言わなければならない日が刻一刻と近づいているように思えてならない。
 では、レビューに移らせていただく。「The Urotsuki」とはバニラブランドで発売されたうろつき童子シリーズであり、全3話構成である。うろつき童子シリーズといえども、以前の作品のストーリーとは何の関連性もなく、まさに別物である。評価は、一言で言ってしまえば、完結篇に続く黒歴史がまた一つ刻まれてしまったなである。「The Urotsuki」は、どんな名作シリーズでも、バニラクオリティにするとこうなるという格好の良い例である。
 ここで、当初は、バニラクオリティについて詳細な考察を挟もうと思ったが、レビュー前半に別のことをだらだらと書いてしまったので、またの機会にさせていただく。多くのエロアニメを視聴してきた者にとって、バニラクオリティが何を意味するのかは自明の理であるように思われる。もちろん、個々人によってバニラブランドに対する印象は違ってくるとは思うが。
 「The Urotsuki」の登場人物は、印象の薄い魅力が皆無なやつらばかりである。一応、うろつき童子シリーズということなので、シリーズの顔である天邪鬼は登場する。彼の声を演じている声優も同じである。彼の子分である黒子も登場するが、天邪鬼の妹である恵は登場しない。そもそも「The Urotsuki」では、天邪鬼に兄弟姉妹がいるかどうかはわからない。初期3部作の主人公、南雲辰夫と同じ名をもつキャラクターも登場するが、性格から何もかも初期3部作の彼とは全く接点の無い別キャラとして描かれている。他にも尾崎、明美、仁木と初期3部作のキャラと同名のキャラが登場する。ストーリーが全くの別物なのに、なぜ名前だけ初期3部作に拘るのか、私には理解できなかった。キャラの一人に柴山百合という眼鏡娘がいる。以前のどこかのレビューで書いたと思うが、私は眼鏡娘が大嫌いである。どんなにエロいシチュエーションでも、女キャラが眼鏡をかけていたら、その瞬間、私にとって、それはポルノではなくなるといっても過言ではないくらいに嫌いである。いつごろからか、眼鏡娘が最低一人はいるというのが2D物のお約束のようになってしまった。これは個人的には悪い習慣であるように思う。もちろん、眼鏡娘キャラを2D物から全て排除しろなどという偏狭な主張はしないが。敵役として「The Urotsuki」には魔界五人衆と呼ばれる集団が登場する。このヒーローorヒロイン物チックなキャラ設定に私は違和感を覚えた。私は子供じみたヒーローorヒロイン物を否定するわけではないが、壮大な物語や、主人公とヒロインの悲しくも感動的な恋愛悲劇を売りにしていたうろつき童子シリーズの続編を仮にも名乗っている限り、こんなチープな設定はいかがなものか。
 ストーリーに関しても、キャラに魅力がないこともあり、全く心に残らない。バニラクオリティなのだから、画力に全く期待できない分、せめてストーリーくらい魅せるものにしろと言いたい。まあ、画力も糞、ストーリーも糞、それがバニラクオリティと言えるわけだが。アニメに関しては、画力がダメダメでも、案外面白いものも存在する。そういうものは大抵、登場人物を極端にしぼって、コンパクトに仕上げている。ストーリーは、シリアス物ではなく、コメディ系、ほのぼの系であることが多い。以上の条件さえみたせば、たとえ動画のクオリティが紙芝居レベルでも、声優の演技やBGM効果で化粧さえすれば、下手に仰々しく見せる作品よりもよほど面白く見える。例えば、「スーパーセクシーアンドロイド ピンキー」は動画のクオリティはお世辞にも高いとは言えないが、個人的に評価できるアニメである。一方で、「The Urotsuki」は自分の力量も省みず、大風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなってしまった感がある。「The Urotsuki」の主人公は尾崎ということになっているが、天邪鬼や南雲も主人公級の扱いを受けている。女キャラにいたっては、柴山、海原、魔界の女王、魔界五人衆の一人、青幻姫、etc.と出演しすぎである。エロアニメにおいては、女キャラが出すぎる作品は、だいたいが駄作になる。時間の都合で、それぞれの女キャラを濃密に描写することができないので、どうしても個々のキャラの印象が薄くなってしまう。ましてやストーリー展開にとっては邪魔でしかないエロシーンを女キャラ全員分用意していたら、中身の全く無い作品に仕上がってしまうのも無理はないだろう。「The Urotsuki」では、バニラクオリティらしく、単調で抜き要素の全くないエロシーンだけはふんだんに用意されている。
 さて、ストーリーで印象に残ったシーンを2,3個挙げてこのレビューを締めくくりたいと思う。第1話序盤では、背景にCGによる擬似3D描写をふんだんに用いている。私は、90年代後半、フルポリゴンで表現されたステージを進むACTに非常に大きな感銘を受けたことを覚えている。その感動が大きすぎて、今でも最新の3DCGよりも当時の粗い3DCGのほうに趣を感じてしまう。だが、エロアニメやエロゲにおいては、3DCGなど無用の長物だろう。ゲームの歴史を見ればわかるように、人物にしろ、背景にしろ、3DCGはどんどん写実的になっていった。だが、特に、人物に関しては今でも不自然さが残る。毛穴等、肌の細かい部分を上手く表現できないので、肌がつるつるのマネキン人形のように映る。
 断っておくが、私はマネキンに見えるからという理由で無用と言っているわけではない。
 たとえ技術が向上し、生身の人間と変わらないような描写に成功し、それをエロ物に応用したとしても、それは多くの労苦を強いられる割には、全く実りのないものになろう。そんなものを鑑賞するくらいなら、ビデオカメラで撮影されたAVを見れば、それで事足りるからである。「The Urotsuki」の制作者は3DCGを駆使することで、技術力の高さを誇示したかったのだろうが、肝心の2D描写がダメでは本末転倒をいいとこである。次に印象に残ったのが、第2話冒頭にて、天邪鬼が青幻姫に首を切られたシーンである。天邪鬼はその超人的な力により首を切られても平気で、生首のまま会話をすることさえできる。もちろん、首を胴体に戻せば、あっという間に元通りである。そういえば、初期3部作第1話においても、天野邪鬼は魔人によって切断された腕を再生するシーンが存在した。獣人とは何と恐るべき再生力の持ち主なのだろう。だが、首を切られてもなんとも無いというのはいかがなものかとは思う。現実の脊椎動物の場合、首を切られたら確実に生命活動を停止する。天邪鬼の正体は不死身のアンデッドかあるいはデュラハンか何かなのだろうか?
 そして「The Urotsuki」で最もインパクトが強かったのが、第2話中盤で登場するブサイク娘、仁木の登場である。エロアニメでブサイク娘は禁じ手だろう。超神云々という話が吹っ飛んでしまうほどの衝撃を受け、そして同時に大いに萎えてしまった。私はこの瞬間、「The Urotsuki」の鑑賞を止めた。だから、第2話中盤までしか私は鑑賞していない。ネットからの情報だが、南雲覚醒の段階で「The Urotsuki」は打ち切りになったらしい。こんな出来ではむべなるかなである。いっそのこと、初期3部作の設定を最大限に生かしたようなストーリー構成にしたほうが、まだ見られたものになっていたのではなかろうか?
 だが、たとえそうだったとしても、私は大きな失望感に満たされたにちがいない。名作、初期3部作がバニラクオリティになって帰ってくることにおそらく私は耐え切れないだろう。「さようなら、うろつき童子シリーズ」、この言葉でレビューを締めくくりたいと思う。
 抜ける度は1である。(りぷとー)
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